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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

憂鬱サイケデリック

 ※リョナ注意

   『憂鬱サイケデリック』

 充電器と繋げたままの携帯電話で記事に使えそうなものを探し続ける。
 外の世界で言う五センチ程度の横幅の画面を覗き、ひたすら画像検索。
 あの文という天狗記者にだけは負けたくない。
 記事対決でぎゃふんと言わせたい。その上で日々募らせる彼女への強い愛を伝えたい。
 それがいつになるのか。きっとすぐにはやって来ない。もっと色んな記事を書いていかないと。
 たくさん記事を書いて、おもしろい記事を書けるようになるんだ。

 散らかった部屋。暗い天井。殆ど踏み場のない床。赤黒い染みの出来た布団。臭う枕。
 下着こそ毎日替えているものの、ブラウスやスカートは一週間ごとに替える。
 というのも、私は家から出たがらないから。
 原稿をまとめるための紙や食料調達程度にしか外出しない。
 それも月に一度だけ。だって私は天狗なんだから。
 植物と違って太陽光を浴びる必要なんて無いんだから。
 彼女には会いたいけど。

 そういえば彼女はいつも外に出て、自分の目で見たものを記事にしていたっけ。
 別に珍しくない、らしい。新聞記事を書いている天狗達は皆そうしている。
 私にはそれが理解できないが、皆がやっているということはおそらく効率が良いのだろう。
 今日の私は珍しく気分が良いので、他の天狗達に倣って外に出てみようと思う。
 そうと決まれば五日間着たままのブラウスを洗濯籠にぶち込んでしまおう。
 洗濯済みの籠から別のブラウスを取り出す。綺麗な服を着てお洒落しよう。
 スカートだって真新しいものを履いてやろう。糊の利いたピシッとしたものだ。
 天狗のお医者様から頂いた元気の出る薬をたんまり飲んで気合を入れた。
 赤黒い横筋がたくさん入った左腕にはフリルのついたリストバンドを巻いておこう。
 私の醜いところは全て隠しておけば良い。ネクタイだって忘れない。
 今日の天気は曇り。実に素晴らしい。晴れているよりもお出かけしやすいからだ。
 なぜかって?
 雨が降りそうだからと思って外に出なくなる人が居そうじゃないか。
 外で他人と出会う確立が減るじゃないか。

 携帯電話を握り締めて外に出た。空は私の家みたいに暗い。さあ外の世界へ羽ばたこう。
 行くところは決めている。画像検索で良く出てくる、紅魔館という場所。
 確か山を降りて暫く飛んでいると湖が見えて来るのだが、その近くだったはず。
 ああ、見えてきた。凄く立派そうな建物である。周囲を高い塀で囲っている。
 空からならば簡単に侵入出来るだろうが、これだけ立派なものだと警備している者が居そうである。
 ああ、気分が悪くなってきた。目眩までしてくる。吐き気もだ。でもここで諦めたらいけない。
 勇気を出してここまで来たんだ、あそこにいる門番らしき人に話しかけて入って良いのか訊いてみよう。

 背の高い、筋肉質っぽそうなお姉さんがいる。
 緑色の衣装に色を合わせた帽子がどことなく中華風。
 門によりかかって目をつむり、頭を揺らしている。眠っているのだろうか。
 試しに話しけてみたが、返事はない。
 それならこのまま中へ入っていこうと思う。
 他人と会話しなくていいのなら、それに越したことはない。
 もしくは私はこのまま帰って良いんじゃないかとさえ思えてきた。
 この紅魔館という建物の立派さを称える記事だけでも良いのではなかろうか。
 ここまで外出出来た自分を褒めたい程である。
「ちょっと」
「ひぃっ!?」
 誰かの声がした。誰のもの?
 門番っぽい人の目が開いている。私に営業スマイルを向けている。
「当館に何か御用でしょうか?」
「いえ、あの」
「私の名前は紅美鈴。あなたは?」
「えっと、あの……姫海棠はたてです」
「はたてさん、ですか。はたてさん。はて、今日そんな名前の者が当館へお越しになられるといった用件は聞いていないのですが」
「え?」
「紅魔館は由緒あるお屋敷らしいんで、一見さんや通りすがりさんの訪問はお断りしているんですよぉ」
「あ、そうなの……」
 美鈴の営業スマイルは崩れない。それがどこか不気味だ。彼女も妖怪なのだろうか?
 とにかく、私は入れないらしい。入れないのなら、もうそれで良いんじゃなかろうか。
 帰って門番の営業スマイルが眩しいとでも記事にすれば良いと思う。
「じゃ、じゃあ帰りますんで……」
「またのお越しをお待ちしております」
 ぺこぺこと頭を下げる美鈴。
 携帯の電池が一目盛り減っている。早く帰って充電しておかないと。
「おい」
「え?」
 帰ろうと思ったところで声をかけられた。振り返ると、無表情の門番。
 少し遅れて衝撃。腹に激痛が走り、体をくの字に曲げられた。
「タダで帰すと思ってるのかしら」
「おごっ……げほっ、げほ!」
 お腹痛い痛い。気分も悪い。お腹がぺしゃんこにされているみたい。
 というか、事実何か硬いもので潰された気がする。
 頭の中が混乱して何が何だかわからない。なんで私痛いの? 何かされたの?
「見たところ天狗みたいだけど、弱っちいわねえ。隙だらけだし。あんたここがどこかわかってるの?」
「はぁ……はぁ……」
「ここはあんたみたいな世間知らずそうなお嬢ちゃんの来る場所じゃないのよ」
「い、痛い」
「ちょっと力入れて殴っただけじゃない。それぐらいで何よ」
 殴られた? いつ殴られたの? 全然わかんない。何が起こってるのか理解が追いつかない。
 私ここに来ただけじゃない。話しかけただけじゃない。何で? 何で殴られたの?
「あんた、本気でわかってないの? 私が誰か知らないの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 どうしていいかわからない。とにかく謝ろう。許してくれるまで謝ろう。呆れられるまで謝ろう。
 そうすれば止めてくれるはず。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「何こいつ。本気で気持ち悪いんだけど」
 彼女は殴るを止めなかった。それどころか膝蹴りも加わり、私の内臓は潰されていくばかり。
 打撃の一撃一撃の痛みが凄まじい。私お父さんにもここまで殴られたこと無いのに。
「紅魔館の門番舐めてると痛い目見るって体に教え込まないといけないらしいね」
 私の呼吸は絶え絶え。胃の中のものをどんどん吐き出される。
 きっと今の私の胃は機能していない。
 私が普通の人間だったら、もう殺されているのかもしれない。
 地面に押し倒され、組み伏せられた。
 そんなことされなくとも、こっちには逃げる元気などすでに奪われている。
「ボーナスステージも良いところね。あんたみたいな侵入者ばっかりだったら仕事楽なのになぁ」
「ご、ごめん……なさい。ごめんなさい!」
「止めるわけないじゃん」
 今度は顔に硬い拳を打ち付けられる。一定間隔で激しく揺れる視界。
 営業スマイルから狂気じみた笑顔に変わっている彼女の表情。
 涙が止まらない。鼻水も止まらない。痛みも止まらない。
「暴れるぐらいしたらどうなのよ、この弱虫」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「殴り飽きてくるんだけど」
「ご、ごめ……なさい」
 もう意識が遠のいてきた。私ここで殺されるのかな。
 文に告白もしてないまま死ぬなんて嫌なのに。
「美鈴?」
 知らない女の人の声。
 顔が腫れているのか、目が殆ど見えないから誰の声かはわからなかった。
「ああ、咲夜さん。お疲れ様です」
「……それ、死んでるの?」
「まだ生きてますよ。少しずつ殺していくんです」
「……」
「最近ちょっと鬱憤貯まってたし、これで解消しようかなって」
「そ、そう……でも、もう良いんじゃないの」
「妖怪はこれぐらいじゃ死にませんからね。全然いけますよ!」
「……」
「もしかして咲夜さん、引いてます?」
「いや、別に……美鈴もやるときはやるのね」
「やだなぁ、いつも頑張ってますよ」
「ま、まあ……程々にね」
 二人の会話はそれで終わった。止まっていた彼女の手が振り上げられた。
 ごめんなさいと口を動かすことすら出来なくなり、私の意識はそこで沈んだ。

   ※ ※ ※

 冷たい。体が濡れている。水でもかけられた感じ。
 事実水をかけられたところらしい。服が肌にひっついて不快。
 お腹が気持ち悪い。顔が痛い。気分が悪い。
 目に映ったのは私を見下ろしている門番と、背の低い少女。
 確かこの少女の方は検索した画像達の中で見たことがあると思った。
 なんとか体を動かして携帯電話を取り出してみたものの、水をかけられたせいか画面は真っ暗。
 最悪だ。
「あ、目覚ましましたよ」
「なぶり殺し? 美鈴にしては楽しいやり方をするのね」
「お嬢様に喜んで頂けるかと思いまして」
 お嬢様と呼ばれた少女は背が低い。羽が生えている。凄いオーラを感じる。
 なんということだ。確かこの少女は吸血鬼のはず。日中は外に出ないと聞いたのに。
 曇りか。そうか、曇りだから出てこられるのか。
 一刻も早くこの場から逃げ出さないと今度こそ本気で殺される気がする。
 でも体は動かない。というより、怖くて動かせない。震えて力が入らない。
「こいつ、こんな物持ってますよ」
 美鈴が私の携帯電話を奪う。止めてよ、それ私のものなのに。
 大事な大事な商売道具なのに。でも返してと言えない。歯向かったら殺されそうだから。
「機械のようね。そこの天狗、それを見つめているわよ。そんなに大事なものなの?」
 吸血鬼が尋ねてきた。簡単な質問のはずなのに言葉を返せない。
 何か言えばまた門番に殴られるんじゃないかと思って口も動かせない。
「何か言いなさいよ!」
 殴られた。
「お嬢様が質問なさってるんだから、喋りなさいよ!」
 また殴られた。
「美鈴、そこの天狗が怖がってるわよ」
 今度はお腹を踏まれた。
「天狗はいいわよね。こんなおもちゃみたいなもの与えられて、好きなことだけやって毎日過ごせるんだから」
 携帯電話を開いた状態にして、ボタンのところと画面のところを握っている。
 何をするつもりなのだろう。壊すのだけや止めて欲しい。
「侵入者にはね、慈悲なんてこれっぽちもかけてやる必要が無いのよ」
 携帯電話を捻った。ぱきりと。紙細工のおもちゃを潰すみたいに、簡単にやってみせられた。
 壊され、地面に落とされた。細かい部品が散らばる。もう携帯電話は回収しても意味がないだろう。
 酷い。私何もしてないのに。侵入者?
 私帰ろうとしたじゃない。何で? 常識的に考えて私何も悪くないじゃない。
「こいつさっきから壊れた奴見てますよ」
「よっぽど大事なものだったんじゃないの? 美鈴ったら酷いことするのね」
 吸血鬼がケラケラ笑った。門番も笑った。私は泣く。それしか出来ない。
 大切なものを壊されたのに、怒ろうとは思わなかった。とにかく早く家に帰りたい。
 家に帰って誰も居ないところへ逃げたい。そうすれば痛い想いなんてしなくて良いのに。
 こんなことになるのなら最初から外出なんてするんじゃなかった。
 常識の通じない外の世界なんて知るんじゃなかった。
 私には無理なんだ。自分の目で確かめに行って記事を書く、なんてことは。
「そこそこ楽しめたわ。私はもう戻るから、そいつの後片付けお願いね」
「はい♪」
 吸血鬼が館へ戻っていった。門番がこっちに振り返る。まだ笑ってる。
 これだけ酷いことをしたんだから、もう許してくれても良いじゃない。
 雨が降ってきた。どしゃ降り。冷たい。暗い。
「雨降ってきたし、もう良いよ。消えて」
 首根っこを掴まれ、持ち上げられた。苦しい。息出来ない。しかもまた殴られた。
 ゴミの様に投げ飛ばされ、地面に激突。
 咳き込んだ。顔が濡れているのは涙のせいか、雨のせいか。
 足音が遠くへ行く。開放されたんだ。体の震えが和らいだ。逃げるなら今しかない。
 ぬかるみになりつつある地面を蹴り、雨空の中を飛んで山を目指した。

   ※ ※ ※

 あれから数日。雨の日が続いている。
 私は引き篭もり、特にすることもなくダラダラと過ごしていた。
 というのも、商売道具である携帯電話を潰されてしまったからだ。
 昨日がんばって外出し、河童に携帯電話の製作を依頼したが当然すぐには出来ない。
 届けてくれることになっているが、一週間はかかるだろう。
 つまりそれまで記事を書くことは出来ないのだ。
 いや、記事を書けないことはない。紅魔館の門番が酷い女だという記事なら書ける。
 でもそんな記事で売れるとは、さすがの私でも思わない。
 あそこの門番が武術に長けているという話は昔からあるらしいから、今頃記事にしても遅い気がする。
 結局あの外出は何のメリットも無かったということだ。
 ああ、もう最悪。もう山なんて絶対降りない。一生降りない。
 どれもこれも文のせいだ。文の様にやってみようと思わせた彼女が悪い。文なんて大嫌い。
 と、その時だ。玄関の扉が開いた。大きな音。
 蹴り開けられた感じ。鍵かけてたのに、無理やりなんてあんまりだ。
「こんにちは、はたて」
「文!」
 噂をすれば、何とやらなのか。私と同じ烏天狗である射命丸文がやってきた。
 私はボロボロなのに、文はお洒落な服着て綺麗な顔してる。
 あんたのせいで私は酷い目に会ったようなものなのに。今すぐ目の前から消えて欲しい。
 おまけに不法侵入。土足で上がるし本当に最悪。昔の原稿踏みつけるし。
「この前のあなた、無様だったわ」
「え?」
「思い出したくない? 嫌なことだから忘れた? あの紅魔館での出来事」
「嘘……見てたの!?」
「全部観てたわよ」
 最悪だ。
 門番に殴られていたところも。
 怖くて泣いていたところも。
 携帯電話壊されたところも見られていただなんて。
「あなた最低だね。なにあれ? 同じ天狗として情けない」
「うるさいわね、放っておいてよ!」
「あなたは携帯電話だなんて道具に頼らないと生きていけない天狗なんだから、私の真似なんて出来っこないのよ」
 ゲラゲラ笑って出て行った。意地悪な文。大嫌いな文。
 本当は大好きな文。この世で最も愛してる文。
 左手に巻きっぱなしだったリストバンドを引きちぎった。
 机の上に置いてある、抜き身の錆びた小太刀に鬱憤を込めて手首の内側を刻んで行く。
 嫌い。好き。嫌い。好き。嫌い。好き。……嫌い。
 次斬れば好きになるのに、痛みが酷くて手が動かない。
 気が楽になる薬を飲もう。そうすれば何度でも斬り刻める。

 好きだけど嫌いな文。
 会いたくないけど、家に来て欲しい文。
 愛してるけど、そうとは言えない。
 止まない雨。家のそこら中が雨漏りしていた。
 相変わらず散らかったままの原稿。
 敷きっぱなしの布団の上には赤黒い染み。
 さっき文に踏まれたのは、実はいつか渡そうかと悩んでいる文への恋文。
 私は今日も新しい染みを作る。

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